北海道を開拓したのは囚人達のお話

今では自転車でも走りやすい北海道ですが、昔は車も通る事が出来ないような森でした。前回の記事の囚人も出てきますが、特に気にしないで下さい。

 

北海道開拓の始まりは1890年ですので、脱獄王白鳥は生まれていません。

 

とらぶった
今の北海道は囚人が切り開いたんだ!
とらぶった
この事は忘れてはならない

 

 

網走監獄と聞くと忠実に再現され、囚人生活を知ることが出来る場所という認識だと思いますが、それだけではありません。

 

 

最初に迎えてくれる旧網走監獄庁舎に行けば、囚人達がどれだけ厳しい環境で罪を償おうとしてきたか知ることが出来ます。 受刑者は昔、日本のために厳しい寒さの中森を切り開いて道を作ってきました。北海道の寒さと過酷な作業で何人もの受刑者が犠牲となりました。 網走監獄博物館に行って、罪を犯した受刑者も人間だという事を改めて理解しました。

 

囚人達の過酷な労働の始まり

 

とらぶった
番号
囚人 花輪
1!
囚人 伊笠
2!
囚人 田中
3!

 

とらぶった
今日からはロシアの脅威に備えるため、北海道開拓する事になった

 

ロシアの港は凍りつき、凍らない海の獲得を目指して南下政策をする脅威がありました。そのため日本政府が大至急北海道開拓をする必要がありました。 整った道路が無ければ物を運ぶ事が出来ないので抵抗出来ません。なので開拓が必要となります。

 

 

とらぶった
緊急だから急ぐように
囚人 一同
はい!!!!!!!!!!!!!!!
とらぶった
私も同伴する事になっている・・・

 

囚人という事で民間に頼むより費用の節約にもなりますし、過酷な作業で命を落としても悲しむ人がいないという事で国の指令により囚人達が開拓する事となりました。

 

 

数時間前・・・

 

とらぶった
そんな急にやれと言われても・・・
上司
8ヶ月でやれ! 国からの指示だ
上司
それに所詮囚人なんだ
上司
死んでも監獄費の節約になるから、うってつけだ!

 

とらぶった
ですが、こんな短期間にやるなんて無謀ですよ!
上司
(気に食わん)
上司
とらぶった君、キミも行くんだよ
とらぶった
え!? は、はい…

 

 

網走監獄博物館ではその過酷な作業がどのようなものだったか理解し易いよう映像作品もあります。 罪を犯したと言えども思わず可哀想だなと感じてしまうほど過酷な作業でした。

 

 

 

とらぶった一同は網走~北見峠間の開拓を任されました。網走囚人の殆どがここを担当しました。 その数なんと1115人。 上の写真の赤い線の部分ですね。網走囚人達は8ヶ月で163kmの森を切り進まなければいけませんでした。

 

とらぶった
熊にも気をつけないとな・・・

 

当然、現在よりも熊と遭遇する可能性はあります。

 

 

囚人の地獄の北海道開拓

 

とらぶった
移動時は笠を被って貰う

 

 

 

囚人達が逃げ出さないよう道を把握出来ない工夫です。 笠被って歩くのは大変でしょう。さらにこの服装で北海道は相当寒そう。

 

囚人 田中
前が全く見えん

 

とらぶった
逃げ出すヤツもいるが、熊に殺される可能性もあるからな

 

実際に過酷な労働で逃げ出す囚人もいたそうです。 しかし道が分からない上、食料不足と極寒地獄。 看守に抵抗する者は殺されてしまいます。逃げた囚人も結局戻ったそうです。

 

とらぶった
時間は無駄に出来ないぞ パッパとやれ

 

伊笠
ハァーハァー 無茶言ってくれるぜ
伊笠
なら足枷くらい外してくれよ!

 

 

囚人達には足枷が付けられます。 博物館にはそれと同じ物があるので実際に付けてみました。 重すぎて動かないなんて事はありませんが、足場が悪い中で長時間続けるとジワジワと体力が持っていかれると思います。

 

 

8ヶ月の期間なので当然寒い時期も作業をやることになります。

 

とらぶった
さ、寒すぎる…..

 

田中
うぅっ
田中
これが毎日続くのか・・・

 

去年の12月北見では-10℃以下になる日が続きます。 ここで夜通し、そして網走から徐々に離れていく事による食糧不足。囚人の体力はドンドン落ちていきます。 ただ命令しているように思えるとらぶった看守もヌクヌクと過ごしている訳ではないので看守も早く網走へ帰りたいという思いが強かったようです。

 

211名の犠牲者を出してしまう

 

昼夜動きっぱなしで日が進む毎に体力は落ち、まともな睡眠も取れず、栄養不足による病気。そして先が見えない絶望。 弱ってきて寒い山の中で亡くなる方も出てきます。

 

とらぶった
早く終らせて網走へ帰ろう!!!!!!!
囚人 花輪
・・・

バタッ

 

囚人 伊笠
だ、大丈夫か?
no name
花輪が倒れたぞ 看守!!

 

 

 

鬼 看守
放っておけええ 休まず作業しろ!!
とらぶった
アイツ、彫刻頑張ってた花輪じゃないか

 

 

とらぶった
頑張ってたのになぁ

 

 

 

硫黄採掘現場では特に多くの死者を出したそうです。網走の受刑者の死者数は211人。 そして亡くなった方の中には看守もいたそうです。今では遺骨も発掘され、囚人のお墓が建てられてるそうです。

 

 

 

コン太郎
こんな道も受刑者が作ってたのかもね
とらぶった
今の北海道は罪を犯した受刑者達が切り開いたのを忘れてはいけない!!

 

網走刑務所博物館はただ刑務所内での生活を見るだけだと面白くないかもしれません。ですが、こうした過去の出来事を知った事で犯罪者も罪を償おうと頑張ってるんだなと知る事が出来ました。

 

 

とらぶった
犯罪者、罪を犯したもの達よ
とらぶった
キミ達にはこんな言葉を送ろう!!

 

とらぶった
どんなにどん底でも、どんなに暗闇の中を生きてても、やり直しのきかない人生はないんだ!!
とらぶった
by金田一一
コン太郎
で、出た

 

以前も似たような事を書いたかもしれません。 このセリフは金田一少年の事件簿 秘宝島殺人事件の犯人に主人公の金田一一が放った言葉です。

 

※ネタばれ注意

犯人は13歳の若い少年で4人を殺害しています。 犯人だと判明した終盤に金田一と崩壊した洞窟に閉じ込められてしまいます。少年は生きる事を放棄し、脱出を試みる金田一に協力しませんが、金田一が例のセリフを言い放ち、新たな一歩を踏み出す事を決意し金田一に協力し無事脱出することに成功しました。

 

今まで漫画見てきましたが、これほど響く名言は中々見つけられませんでした。 どんな犯罪者でも心改め、少しずつでも善の道へ歩む事は出来る。別に犯罪者でなくても重なる事はあると思います。

 

とらぶった
やっぱ金田一は最高だな

 

昔の網走受刑者は開拓仕事をして、北海道を豊かにしました。囚人のお墓も建てられましたし、博物館では受刑者の頑張りも伝えています。悪い事をしましたが、正しい道を歩もうと努力した事は分かります。 少しでも受刑者の償いの気持ちを理解する事が出来る。 網走監獄博物館はそういう事を知れる場所だと思います。

 

 

 

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